第3章 武まゆみの証言と記憶

「記憶がないならトリカブトの話しをする必要はない」

 

7月28日の日記(「トリカブトが出たらどうする」「わたしはあげていない」)について、判決はこう言う。

これを素直に読めば,武は鈴木警察官の質問を,「佐藤がトリカブトによって殺されたことが分かったらどうする。」,つまり,佐藤の直接の死因がトリカブト毒によるものであったと判明したらどう弁解するのかという問と理解し,これに対して,「私はあげてない。もし入ってたら,それは,八木さんが,うちから持って行ったのだろう。だから,出ても,私がウソをついたことにはならない。」,つまり,死因に直接結びつくトリカブトが検出されたとしても,それは被告人が行ったことで,自己の日ごろの行為とは関係ないとの新たな弁解を思いつき,それを述べたものと理解することができる。このように考えれば,この記載は平成14年の武証言と何ら矛盾するものではないことが明らかである。

 

日記をもう一度見てみよう。

☆当日にトリカブトが出たら,(サトウの体内から)どうする?
・私は,あげてない。もし入ってたら,それは,八木さんが,うちから持って行ったのだろうと思う。だから,出ても,私がウソをついたことにはならない。(武ノート5冊目16)

 

われわれは、この記載は鑑定の結果得られるものが直接死因となったトリカブト成分であることを前提としたものであり、長期間与えつづけたトリカブトが蓄積し、それが鑑定で検出されることを前提とする武の「シナリオ」と矛盾するのではないかという疑問を投げかけたのである。

判決は、われわれの指摘通り、この会話は「死因に直接結びつくトリカブト」が検出されることが前提だというのだ。それにもかかわらず、裁判官はこれが「シナリオ」とどういう関係に立っているのか全然説明していない。この日記にある「当日に」という言葉をとらえて、この会話の前提として、鑑定によってトリカブトの有無だけでなく、それが摂取された日付まで特定できるという認識が2人の間にあったということなのか。そうだとすると、武の「シナリオ」はますます意味をなさなくなる。幾ら利根川で溺死したと言っても、その日にトリカブトを与えたことが証明されてしまうからである。

判決は続けて「仮に当時の武に佐藤殺害に関する記憶が全くなかったのであれば,たとえ検察官から上記のような働きかけ[「否認すると命はない」「あなたの命を救ってあげたい」]があったとしても,トリカブトの使用を認める供述を敢えてする必要は全くない」と言っている。ここでも判決は問題をすりかえている。

「トリカブトの使用」について武は一度も「記憶を失っていた」などとは言っていない。彼女は「偽装自殺」の話を鈴木刑事にした後、「長野の話」はまだしていないが、した方がいいのではないかと考えて、村木弁護士と相談してから、その話をした(武ノート4冊目6/23)。彼女がこの話をした動機については既に書いたとおりである。すなわち、彼女は、佐久間から何度も説明された「自白と量刑」の関係を念頭において、鑑定結果が出る前に自分から進んで「長野の話」を話すことが自分に有利であると考えたのである。

このわれわれの指摘には一切答えずに、裁判官は「記憶がないならトリカブトの話をする必要がない」などと的外れな推理をするのだ。「佐藤殺害に関する記憶」がなくても、武には「トリカブトの話」をする十分な動機があったのである。

 

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「10月24日検事調べについての武の記憶は混乱している」

 

武は、平成12年10月24日の佐久間の取調べの間に「忘れたことにしよう」というアイデアを思い付いた;その日の日記の記載(「私の記憶の中にそんなことはなかったのに」)は取調べの休憩時間に書いた;そして、その休憩時間はアイデアを思い付く前であった、と証言した。われわれはこの証言は明白な矛盾であり、武の証言は信用できないと指摘した。これについて判決はこう反論している。

しかしながら,日記をいつ書いたかに関する武証言は二転三転しており,トリカブト事件を忘れていたことにしようと思いついた後の2回目の休憩時間のときであったかもしれないとも証言しているところ,佐藤殺害を自白するか否かの決断を迫られたことで,同日の取調べ経過に関する武の記憶が混乱したことはやむを得ないことである上,武が,同年6月以降,日記に虚偽の事実を書いて捜査官に見せることで捜査官を欺こうと考えていたと証言していることにも照らすと,同年10月24日の日記の記載も,自己弁護又は捜査官を欺く等の目的で記載したものとみるのが自然である。

 

武の証言をもう少し詳しく降り返ってみよう。彼女は、検察官の質問に答えて、10月24日の取調べの様子を実に克明に、良くもここまで覚えているなと思えるくらいに詳細に、証言した。

検事から
「ディナーショーの前に佐藤さんを殺したのではないか」「死体をあなた1人が担いで捨てに行ったんじゃないか」と追及されたが、それでも自白するつもりにはならなかった;けれども、「偽装自殺」の話が自殺教唆ではなく、「殺人」にしかならないと検事に言われて、「げっ、どうしよう」と思った;

そして、
武:話をしなくちゃならないとは思ったんですけど,決意はすぐにはできませんでした。
佐久間:証人はその後,休憩を取りましたよね。
武:はい。
佐久間:休憩中,どのような行動をしましたか。
武:私は,いつも検察庁に行くときに,ノートを持っていきますが,そのときも,ノートに休憩中に書いたと思いますが,何か。
佐久間:それは,正直にしゃべりましょうという決意を書いたんですか。
武:いえ,そんなことは書けませんでした。ただ,自分の気持ちがものすごい衝撃を受けて,動揺していたので,ちょっとわけの分かんないことを書いたかもしれないと思うんですけど,何を書いたかははっきり覚えていませんが,何かそのときのぐちゃぐちゃな気持ちを書いたような記憶がありますが。
佐久間:休憩が終わって,再び取調室に入って,あなたは検事の前で,何分か,あるいは何十分か沈黙しませんでしたか。
武:はい。
佐久間:佐藤さんに最後に食べさせたものは何という質問をされましたか。
武::はい,その質問をされてから,私は,下を向いて,じっと1時間近くかかったかもしれないと思うんですけど,ちょっと正確な時間は分かんないんですけど,そのくらいだったんじゃないかと,自分では思ってますけど,ずっと下を向いて考えてました。
佐久間:何を考えていましたか。
武:その前の自殺教唆の話のときで,本当のことを言わなくちゃいけないんじゃないかと思ったと言いましたが,本当のことを言おうかどうしようか迷うのと,今更否認してたなんて言えないと思って,どうしようと思って,ずっと悩んでいました。そして,どうやって,自分が否認してたことを隠そうかと,それを考えてました。その方法を思いつくまでにすごく時間がかかってしまって,そして,ずっと下を向いて考え込んでいたんですが,私はとにかく自分が殺したということは話さなくちゃならないというところに考えがまとまりました。そう思って,さあ言わなきゃと思ったときに,自分がやったことというのを,話す前に思い浮かべてみました。そしたら,佐藤さんを殺す前のことというのは鮮明に覚えていたんですが,佐藤さんを殺した後の細かいところが,ところどころ分からないところがありました。それで,それに気づいたとき,あっ,これを利用しようと思いつきました。そして,記憶がなくて忘れてたということにすれば,自分が否認してたということを隠せるということをひらめいたので,本当はちゃんと覚えてたのに,覚えてたのにというか,全然忘れてないのに,いかにも忘れていたかのように話をすることを思いついて,そして,大体の自分の方針を決めてから,ぱっと顔を上げて,あんパンですと答えました。

 

このように、検察官の尋問に対しては、非常に明確に、「忘れたことにしよう」と思い付く前に休憩時間が入り、そこでノートを書いたと説明している。今度は弁護人の質問に対する武の答えを見てみよう。

高野:最後に食べさせたものは何という質問をされたのは,休憩の後であることは間違いないんですね。
武:はい,それは間違いない。
***
高野:忘れたことにしようというアイディアを思いついたというのは,そうすると,休憩時間の後の,かなり後のほうの出来事ということになりますね。
武:はい,そうです。
高野:ノートを書いたのは,休憩時間のときということでしたね。
武:はい,でも,休憩,先ほど先生,1回って言いましたけど,2回あるんですよ。お昼と夕食の休憩があるんです。
高野:2回あるんですか。
武:だって,その日は,確か午前中からだったと思う。
***
高野:じゃ,今まで話に出てきた休憩というのは,1回目の休憩ですか。それとも,2回目の休憩ですか。
武:1回目の休憩です。
高野:2回目の休憩というのは,いつあったんですか。
武:2回目の休憩が,ちょっとそれも分かんないんですけど。どこで入ったかまで覚えてないんですけど。
高野:最後に食べさせたものは何というやり取りがある前ですか,後ですか。
武:最後に食べさせたものの話が,ちょっと正確な時間は分かんないんですけど,その質問をされたのが夕方じゃなかったかなという記憶はあるんですよね,何となく。
高野:それで。
武:で,その後が,いつのタイミングで休憩が入ったかちょっと分かんないんですけど。でも,その日に調書を作ってもらってるんで,その話をした後に,休憩が入ったんじゃないかなと思うんですけど。
***
高野:1時間近く目をつぶっていたんでしたっけ。
武:はい。
高野:で,黙っていたんでしたっけ。その間に,忘れたことにしようという考えがひらめいたんですよね。
武:はい。
高野:それは,1回目の休憩の後であることは間違いないですよね。
武:はい。
高野:2回目の休憩の前か後かはどうですか。
武:前後がどっちかなと,ちょっと分かんないんですけど。休憩の前か後かが分かんないんですけど,夕方ころだったので,その前後だと思うんですけど。
高野:あんパンですと,あなたは答えたんですよね。
武:はい。
***
高野:ノートを書いたのは,休憩時間ということでしたよね。
武:はい。
高野:それは,1回目の休憩時間ですか。2回目の休憩時間ですか。
武:両方書いてるかもしれないし,どっちかで書いてるか,ちょっとはっきり覚えてないんですけど,休憩のときに書いてるというのは間違いないです。1つ言えることは,自殺教唆の話を聞いてから,動揺してて,そういう心理状態で書いてるんで,ちょっと自分でも,今内容を覚えてないように,しかも,内容も確か変なことを書いてるというのは,自分で分かるんですけど。だから,あんまり覚えてないんです,はっきり。
高野:そのノートを書いたのは,忘れたことにしようという考えがひらめく前ですか,後ですか。
武:忘れたことにしようというのを思いつく前だったと思いますけど。
高野:それは間違いないんですね。
武:はい。
高野:忘れたことにしようと思いついたのは,その日の取調べの,どっちかというと,後のほうになるわけですね。
武:はい,そうです。
高野:そういうことを思いつく前に,あなたは休憩時間にノートを書いた,それは間違いないですね。
武:はい,そうです。
高野:[武まゆみのノートを示して]10月24日の欄を見てください。これが今まであなたが証言してきた,休憩時間に書いたノートに間違いないですね。
武:はい。
高野:ちょっと読んでみますよ。[10月24日の日記を朗読して]これは,あなたが平成12年10月24日の佐久間検事の取調べの間の休憩時間に書いたものに間違いないですね。
武:はい。

 

武は高野の尋問を受けて突然休憩が「2回」あったと言い出した。ノートを書いた時期は「1回目の休憩」と言っていたのに、最後の方では「両方書いてるかもしれない」「はっきり覚えていない」と言い直した。しかし、結局、それが「忘れたことにしよう」というアイデアが浮かぶ前であったことは間違いないことを確認しているのである。

判決は、この休憩時間を巡って武の証言が変転したことをとらえて、ノートの記入時期に関する武の証言は信用できないという。確かに信用できないであろう。しかし、「忘れたことにしよう」というアイディアを思いついた「後に」記入したという証拠は一体どこにあるのだろうか。記入時期に関する証言は信用できないが、「忘れたことにしよう」というアイディアを思いついたという証言は信用できるなどとどうして言えるのだろうか。

この反対尋問でわれわれは、武が言う「休憩」がいつだったのかを証明しようとしたのではない。そんなことはどうでも良い。武がいう「忘れたことにしようと思い付いた」という話が胡散臭いものであることを示そうとしたのである。
武が本当にそういうことをその取調べで思い付いたならば、それは思い付いた後にしかノートに書けないはずである。そして必ず「後に書きました」と証言するはずである。そのことを忘れるわけはない。われわれの尋問に対して、思い付く前にノートに書いたと再三答えたということはこの話がでっち上げであることを物語っているのである。

判決は、「佐藤殺害を自白するか否かの決断を迫られた」とか「日記に虚偽の事実を書いて***捜査官を欺こうとした」という彼女自身の証言を取り上げて、それらの「証言にも照らすと」平成14年証言は「自然」だと言う。これはめちゃくちゃな論法である。武の証言が信じられないとわれわれは言っているのである。その証言を根拠にその証言は信じられるなど言ったって答えにはならないだろう。結局、判決の論理は「武がこういうから、こうなのだ」と言い張っているだけである。

 

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「往々にしてあることだ」

 

われわれは、この平成14年証言が佐久間検事の要請によってなされた疑いが濃厚であることを指摘した。そして、武ノートの数々の記載や平成13年証言をはじめとする証拠は、彼女が全く記憶していなかった出来事を必死になって――「イメージ作業」「日記法」「催眠法」などの方法を駆使して――思い出したことをビビッドに伝えているということも指摘した。ところが、判決はこれらの指摘には全く答えなかった。そして、こう言うのだ。

犯行自体は認めつつも,情状面について少しでも有利になるよう虚偽の供述をするということは往々にしてみられることであって,本件の如き重大事件においてはその犯人が一層強くそうした思いに駆られるであろうことは十分に考えられるから,武が,佐藤殺害を自白しつつも,それまで否認していたことを隠すため,実際に記憶が欠落している部分があることを利用して上記のような偽装を行うということもあり得るところである。

 

刑事事件の被告人が犯行を認めた上で情状を取り繕うことが往々にしてあり得るという一般論については、確かにそうかも知れないと言えるだろう。しかし、だからと言って情状に関する有利な話は全部嘘だということにはならない。それが判決がいう「取り繕い」だと言うならば、その証拠を示す必要があるのである。単に「そういうことがあり得る」ということと、今回のそれがそうだったということとは、全く別の話である。少なくとも、平成12年10月24日から平成13年10月26日までの武まゆみがそうであったという証拠はどこにあるのだろうか。判決はその証拠を何一つ挙げていない。

われわれは、平成14年当時も武と佐久間検事との間には緊密な関係があったこと――証言を検事の都合の良いように何度も変更したこと――を指摘した。そして、無期懲役という刑はまだ刑期が決まっていないのと同じであり、仮釈放を早めるためには、さらに検事に忠誠を示す必要があったこと、要するに、平成14年証言当時、武には検事の都合にあわせてさらに証言変更をする強い動機があったことを指摘した。判決はわれわれのこの指摘を黙殺した。

 

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