第3章 武まゆみの証言と記憶

取調べと偽りの記憶

 

心理カウンセリングを受けるクライアントは神経症状などの問題を抱えており、カウンセラーの指導にしたがって、隠された「記憶」をよみがえらせることで自分の症状を改善させることができると信じている。これに対して、刑事事件の被疑者は、犯罪の記憶をよみがえらせてそれを捜査官に告白することによって刑罰という不利益を受けるのであって、この両者を同列に論じることはできないという議論もありえるだろう。しかし、これが有効な反論でないことは、これまでのわが国の裁判史上に現れた虚偽自白の例を見るだけでも明らかである。有罪となれば死刑が予想されるような事件でも、被疑者は取り調べの圧力に屈して、量刑上の約束や厳しい取調べからの解放といういわば「短期的な利益」を求めて、虚偽自白をしてしまいがちであるということは、数々の事例が示している。

グッドジョンソンは、虚偽自白を3つの心理学的なタイプに分類して論じている――①任意になされた虚偽自白(voluntary false confession)、②強制された結果、迎合してなされた虚偽自白(coerced-compliant false confession)、そして③強制された結果、自己同化された虚偽自白(coerced-internalized false confession)がそれである(グッドジョンソン1994pp305-309)。グッドジョンソンによると、強制―自己同化型虚偽自白は「被疑者において犯罪を犯したという記憶が実際にはないにも拘わらず、警察の取調べ中に告発されている犯罪を犯したと信じ込む時に生ずる。***即ち、被疑者は自分自身の記憶を信頼することができなくなり、外部からの情報源に頼り始めるのである」。このような状態をもたらす要因としては、アルコールや記憶喪失によって事件当時自分が何をしていたかの記憶が最初からない場合もあるが、「警察の取調べの最初の時点では、当該犯罪を行なっていないというはっきりした記憶の喚起がありながら、取調官の巧妙な操作の影響を受けて、徐々に自分自身の記憶と信念に対する信頼を失い始める被疑者」がいることを指摘している(グッドジョンソン1994p310)。また、強制-自己同化型虚偽自白には催眠状態の時に見られるのと同様の「被暗示性が高まった忘我状態」をともなうものや「自己認識の変化」によるものがあることが指摘されている(同前p313)。

グッドジョンソンは、強制-自己同化型虚偽自白を誘発しやすい尋問技術を列挙している。

 

  1.  取調官は、被疑者が有罪であるという彼の信念を、絶対の自信を持って繰り返し述べる。
  2.  被疑者が有罪であるとする取調官の前提を否定したり、弱めたりする人間から被疑者を隔離する。加えて、取調官の前提を否定する情報を被疑者から隠す。
  3.  通常、長時間の取調べと相当な感情的な緊張がある。
  4.  取調官は、被疑者の有罪を立証する、議論の余地のない科学的証拠があると繰り返し主張する。
  5.  被疑者に記憶障害や記憶欠損がある場合には、被疑者に、過去の記憶障害や記憶欠損の事実を繰り返し思い出させる。被疑者にそれがない場合には、取調官は犯罪の記憶がないことの説明となる精神異常の存在(例えば、多重人格、人格の分裂など)を主張する。これらの策略は、被疑者の自信、即ち自分は当該犯罪をやってないことを正確に思い出せる能力があるという自信を弱めるのに役立つ。
  6.  取調官は、被疑者に対し、取調官の仮説と当該犯罪の説明を受け入れるよう要求する。
  7.  取調官は、被疑者が繰り返し否認した場合予想される結果について、被疑者の心の中に恐怖が生ずるように試みる。(同前pp314~315)

 

強制-自己同化型虚偽自白の全ての事例でこれらの策略の全てが見出せるというわけではない。「現実に起っていると思われるのは、これらの策略と技術の結果、被疑者が自らの記憶に対する信頼を失い、実際に何が起っているかについて、非常に混乱した状態に陥り、その結果、自らの置かれている困難な状況を批判的かつ合理的に評価することができなくなっているということである」(同前p315)。

オフシーとレオは、125件以上の取調べ録音テープを観察して、虚偽自白の類型とその原因を詳細に分析している(Ofshe & Leo 1997)。

彼らは、虚偽自白を、

①ストレス-迎合型(stress-compliant false confession)

②強制-迎合型(coerced-compliant confession)

③納得型(persuaded false confession)

の3つに分類している。

第3の「納得型」は、さらに非強制タイプ(non-coerced)と強制タイプ(coerced)に分けられるが、いずれの場合も、「罪を犯した記憶がないにも拘わらず、やったに違いないと本人が納得した後になされる」虚偽自白であり、「取調官が、被疑者のもつ記憶への自信を攻撃し、それをゆるがせることによって引き出されるものである。非強制-納得型虚偽自白は、通常の取調べテクニックによって引き出されたものであり、強制-納得型虚偽自白は脅迫、約束などの違法な強制的取調べテクニックによって引き出されたものである」(id., p999)。オフシーとレオは、納得型虚偽自白が行われる典型的なプロセスを次のように要約している。

 

納得型虚偽自白は、通常、捜査官によって意図されたものではなく、認識されてもいないのであるが、共通のパターンがある。

捜査官は典型的には有罪の証拠を被疑者に提示することから尋問をはじめる。被疑者が無実の場合、提示される証拠は誤導的なものか、あるいは作出されたものである。無実の者がその証拠を信用してしまうと、彼は、犯行が行なわれたときに自分がどこに居たかという彼の記憶や自分がその罪を犯したという認識がないことと矛盾する事実を突きつけられて、説明ができなくなり、混乱する。捜査官は、ある種の記憶喪失に陥っているに違いないと説得することで、彼にこのジレンマを解決するように導く。
有罪の被疑者も時として罪を犯した記憶がないと訴えることがあるので、捜査官はこの不誠実な否認の態度に対して常套的な対応策をあらかじめ用意している。捜査官は、典型的には、他には説明のつかない被疑者の記憶の欠如を説明する幾つかの便利な理由を提案する。例えば、ドラッグやアルコールに起因する健忘、一時的な意識障害、記憶の抑圧、そして多重人格障害すらも提案される。
有罪の者と無実の者とでは、この策略に対する反応が異なる。有罪の被疑者の場合は、この捜査官の対応策によって否認の試みを容易にかつ効果的に鈍らせることができる。しかし、無実の被疑者は、この捜査官の戦略によって、混乱し動揺することが多い。無実の者がその証拠によって自分の有罪は客観的に証明されるのだと理解したときには、彼は記憶喪失という説明を受け入れてしまう。なぜなら、そうすることで、罪を犯した記憶が全くないことの説明がつくからである。捜査官が被疑者をよく知っている場合には、彼は、被疑者の個別事情に相応しい記憶喪失理論を提案するだろう。例えば、被疑者がアルコール中毒であったり薬物乱用者であれば、捜査官はアルコールやドラッグに起因する健忘を提案することが多い。もしも被疑者がアルコールやドラッグによる精神障害の既往歴の持ち主でなければ、捜査官はある種の心因的な記憶喪失を提案するだろう。

 

記憶喪失に関する話題は、取調べにおける重要なターニングポイントになることが多く、それに加えて他の取り調べ戦略をも用いることで、被疑者に「私は多分この罪を犯したのだろう」と結論させることに導くことができる。こうして説得された被疑者の有罪の信念は一時的なものであり、確実性のレベルにまで高められることは稀である。しかし、彼に多分自分は有罪であると承認させるには十分であり、捜査官の誘導に従い、あるいは、捜査官の考える犯罪の筋書きを鵜呑みにして、その犯罪がどのようにして起り得たかを想像し、捜査官の質問に対して作話によって答えることで(すなわち、善意の推測を行い)自白する動機付けを与えるにも十分なのである。(id., pp999-1000)

オフシーとレオは、納得型虚偽自白の実例を多数記述しているが、幾つかを取り上げることにしよう(id., pp1107-1110)。

有罪の動かしがたい証拠があることを示され、自分の記憶に対する自信を失った無実の被疑者は、「自分はその罪を犯したらしい」と信じるようになるが、彼の発言には不確かさを示す表現が多く見られる。例えば、「僕はまだ自分がやったことが信じられないんだ」とか「私がそこにいたという証拠があるなら、私が彼女を殺したに違いない」などという表現をすることがある。有罪であることを認めても、被疑者は犯行のディテールを供述することができない。そこで、捜査官はオープン・エンドの尋問をすることをあきらめ、様々な誘導尋問をするようになる。さらに、実際にどうだったのか推測するように求めたり、イメージを思い浮かべるように求めたりする。イメージを思い浮かべるように促された無実の被疑者と取調官とのやりとりの実例として、オフシーとレオは次のような例を挙げている。

取調官1:何が見える?
被疑者:何も見えません。まだ私は自分に「違う。おまえはやってない」と言っています。
取調官2:かまわないさ。君はもうイメージを思い浮かべることができたんだから、やったに違いない。そうだろう?
取調官1:さっき君が言った話は実際に思い浮かんだんだろう?君は自分の話した情景が眼に浮かんだんだよね?
被疑者:はい、でもあれは僕の家の中の様子だ。
取調官1:君の家で起こったことなのか?
被疑者:どうやって彼女を彼女の家まで連れて行ったのかが分からないんです。
取調官1:すぐそこだよ。同じ通りだ。ほんの数フィートだよ。
被疑者:彼女の家の中の様子がわかりません。
取調官1:灯りは点いていたか?
取調官1:そうか。灯りが消えていたんだ。だから、君は彼女の家の中の様子が分からないんだ。そう思わないか?
被疑者:いや。
取調官1:君の家のどの辺から始まったんだい?寝椅子から?
被疑者:その絵が見えます。
取調官2:寝椅子の上か?どんな絵か言ってごらん。
被疑者:僕は勝手に想像しているだけかもしれません。……
取調官2:ちゃんと話して欲しい。
取調官1:わかった。とにかく最後まで聞こうじゃないか。その絵を動かして、われわれに説明してくれ。最後まで聞こうじゃないか。最後まで君に見えるものを説明してくれ。その後で、これが君の記憶なのかどうか考えよう。
取調官2:1、2、3、ゴー。やるんだ、トム。
取調官1:話してくれ。聞かしてくれ。君はいま玄関に居るんだね?

 

任意のあるいは迎合型の虚偽自白とは異なって、納得型の虚偽自白の場合、被疑者は仮定的な表現で事実を語ることが多い。例えば、「そうしただろう」「多分そうした」「そうすることができたはずだ」「そうしたに違いない」「その可能性が最も高い」「やったと思う」という具合に。虚偽自白をしたある大学生の例。

取調官:彼女が出てきたところを見たか?
被疑者:見たに違いないと思いますが……。
取調官:実際に君は彼女を見たのか。そこまで行って見たのか?その道端から彼女が見えたのか?
被疑者:道から彼女が見えたと思いますが……。
取調官:彼女は君に向かってきたのか、それとも君から遠ざかって行ったのか?
被疑者:彼女は僕を見て、そのまま歩いていったと思うんだけど……。
取調官:そのとき君は彼女に話し掛けたか?
被疑者:何か言ったはずだと思いますが、分からない……。
取調官:それから何が起った?
被疑者:彼女は逃げようとしたと思う。そして僕は(長い沈黙)そして僕は、彼女を引っ張るか何かして、腕を後にねじ上げるか何かしたと思う。
取調官:それで彼女はどうなった?倒れたりしたのか?
被疑者:彼女はその場に倒れた、後ろ向きに転んだ、木のそばだと思う。彼女は木のそばに倒れたんだ。
取調官:彼女が木にぶつかったかどうかわかるか?
被疑者:少しかすった程度だと思う。木のすぐそばに倒れたんだと思う。けれど……。
取調官:分かった。そのとき、彼女は怪我をしたようだったか?
被疑者:彼女は意識を失ったように見える。
取調官:血とか何か怪我している様子は?
被疑者:(ため息)多分鼻血を出したと思う。

 

こうした納得型虚偽自白をする被疑者は、有罪を自認するものの、事件の内容を説明できないので、捜査官の誘導情報に基づいて推測や思い浮かんだイメージを語るしかないのである。中には捜査官に向って「あなたの言うとおりのことを私がやったのは確かです。けれども、どうやってやったのか分からないのです。まだ、その情景が浮かんできません」という被疑者もいる、とオフシーとレオは報告している(id., p1110)。

「強制―自己同化型虚偽自白」や「納得型虚偽自白」が存在するのはイギリスやアメリカに限らないであろう。日本にもその例があるはずである。日本の取調べは、英米とは比較にならないくらい長く、かつ濃密である。したがって、日本における「強制-自己同化型虚偽自白」や「納得型虚偽自白」は英米よりも数が多く、かつ、より深刻なものである可能性が高い。けれども、わが国では取調べのテープ録音というものが弁護側に開示されることは全くなく、かつ、取調べの実態を研究者に観察させるということも行なわれていない。それゆえに、英米の論文や著書に現れたような事例が人々の目に触れることがないのである。

しかし、それが世間に知られた例が皆無というわけではない。1997年6月18日付毎日新聞は、「尋問が『記憶に』?」という見出しで、「国松孝次警視庁長官狙撃事件」の被疑者として取調べられた小杉敏行巡査長の自白について報じている(森1997年)。

小杉巡査長は、警視庁の取調べに対して「自分が長官を撃った」として詳細な自白をした。
しかし、専門家は、長期間にわたる任意の取り調べの間に「迎合」が生まれ、尋問内容が次第に「記憶」にすり変わった可能性を指摘し、東京地検は記者会見で「供述は取調べの過程で順次、形成された。やっていないことをやったと供述するケースも学問上ある」と述べた。***[小杉巡査長の自白は]「よどみなく、雲がわき出るようだった」。検察幹部は小杉巡査長が克明に供述する様子をこう表現した。供述は極めて詳細な反面、けん銃の形状や処分方法など核心部分について何度も変遷し、供述を裏付ける物証もなかった。このため、どうしてこうした供述が生まれたかの解明にも力点が置かれ、供述心理学などの専門家の意見も聴きながら進められた。***巡査長には、5月に「自分が撃った」と初めて供述して以来、捜査員が24時間付き添い、任意の取り調べが継続されたとされる。専門家は「長期間の取り調べを受けた場合、取調べの内容が次第に『記憶』として刷り込まれる場合がある」と指摘する。

武まゆみに対する取調べは、「記憶回復セラピー」を行なうカウンセラーの面接と非常によく似ている。そして、彼女の自白は「強制―自己同化型虚偽自白」や「納得型虚偽自白」を生み出す取調べとほとんど瓜二つの経過をたどってなされている。武が語る事件の「記憶」はまさに「偽りの記憶」そのものではないだろうか。

 

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