第3章 武まゆみの証言と記憶

「抑圧された記憶」

 

少なくとも、武まゆみを取調べていた当時(平成12年10月から12月まで)の佐久間検事は、繰り返し取調べを行うことで、佐藤をトリカブトで殺害したという武の体験記憶をよみがえらせることが可能であると信じていた。

その背後にあるのは、殺害という衝撃的な体験を思い出すことは非常に苦痛なので、武はこれを無意識の世界に抑圧してしまったのだという考えである。

これと同じように、アメリカのセラピストの中には、幼児期の性的虐待のような心的外傷体験は、あまりにもショッキングなのでそれを意識に留めておくことに耐えられないので、無意識の世界に抑圧され、心のどこかにそのまま保存され、後にセラピーを繰り返すことでその記憶を蘇らせることができると主張している人がいる。しかし、この主張も実証的研究の結果と対立している。

仲は、殺人のような衝撃的な体験は、意識がしっかりした状態で、殺害するという意図をもった体験であれば、――細部について記憶が変容したり薄れたりすることはありえるとしても――体験そのものを忘れてしまうということはないと証言した。また、衝撃的な体験を「抑圧」することを示す実験結果もないと証言した(仲第84回証言調書)。

衝撃的な体験が「抑圧」されるという「理論」を否定する実証的研究はたくさんある。仲は、ハリケーンや竜巻に襲われるという体験をした人々について、情動反応が強い人ほどより正確な記憶を保持しているという研究結果を紹介した(同前)。この種の実証的研究は他にもある。

自分たちの通う小学校を狙撃者が襲い、14人の生徒が撃たれたという事件に遭遇した児童133人を、事件の6~16週間後にインタビューした結果に基く研究(Pynoos & Nader 1989)によると、彼らの事件についての記憶が、真の記憶と空想と希望の融合物であることは明らかである。

例えば、ある少女は、実際には事件当時1ブロック離れた場所に居たにもかかわらず、自分はそのとき校門のそばで狙撃者を目撃したと話した。ある少年は、その日家族とともに休暇に出かけていたのに、狙撃が行なわれたとき、校庭で伏せていた記憶があると言った。

興味深いことに、実際に狙撃者の銃撃に曝されていた子供たちは、実際よりも狙撃者から遠ざかった位置にいたと記憶している点である。いずれにしても、子供たちは心的外傷体験の記憶に空想や希望を織り交ぜはするものの、事件の記憶自体を無意識の領域に「抑圧」してしまっている子供は1人もいなかった。

親が殺されるのを目撃した子供たちについての研究(Malmquist 1986)によると、彼らの記憶はしばしば歪められているが、誰一人としてその記憶を抑圧した者はいなかった。その事件の記憶を忘れたものは一人もおらず、彼らは皆、望まないときに不意に事件のエピソードが脳裏をかすめるという体験を繰り返していた。

しかし、これは心的外傷体験は絶対に忘れ去ることができないということを意味しない。心的外傷体験の記憶は、ある場合にはより強く記憶に留められるだろうし、またある場合には忘れやすいものとなるだろう。それは他の種類の記憶と同様である。繰り返し話したり、思い起こしたりした出来事は長く記憶にとどまる傾向がある。

親が殺されるのを目撃した子供たちの場合のように、出来事が侵襲的であり、本人の意図とは別に繰り返しイメージされたりすることによって、その記憶は保持されやすくなるのである。しかし、これと全く逆のケースもありえる。われわれは不完全ながら自分たちの思考をコントロールする能力を持っている。

ある心的外傷体験を考えるのを避け続けることができるならば、その記憶は、回想されない状態が長く続いた結果として、失われてしまうかもしれない。この忘却のプロセスは「抑圧」という概念とは全く別のものである。

第1に、この忘却は、自動的、即時的に起るものではなく、ある程度の時間をかけて徐々に起るものである。そして、第2に、いったん忘れ去られた記憶は、そのまま失われてしまうのであって、「抑圧」論者がいうように、精神のどこかに保存されていてその後に甦るということはない(Ofshe & Watters 1994, pp42-43)。

「抑圧」理論はフロイトが提唱したものである。しかし、彼自身後にこの説を改めた。神経症患者の精神分析をしていく過程で、多くの患者が幼児期の性的虐待を語るようになったが、その話を裏付ける証拠が発見されることはなく、彼は、これは患者の性的なファンタジーに過ぎないと考えるようになったのである(Ofshe & Watters 1994p290)。
つまり、「抑圧」されるのは、記憶ではなく、欲望なのである。

 

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