第3章 武まゆみの証言と記憶

記憶とは何か

 

われわれの経験のすべてが――録音テープやビデオテープに記録したように――われわれの精神のどこかにそのまま保存されていると信じるのは心地良いことではある。しかし、記憶についてのこのようなモデルを信じている心理学者はもはや存在しない。心理学者によれば、われわれの記憶ははるかに不完全で、変動しやすく、そして、問題を起こしやすいものである。

記憶は、劣化し、しばしば完全になくなってしまうだけでなく、――なんらの外的な影響がなくとも――変化し、空想と現実の融合体になってしまうという困った傾向をもっている。

仲真紀子は、「記憶とは体験の一部と知識と想像の化合物である」と証言した(仲第84回証言調書)。これは今日の認知心理学の知見を集約するものである。

さらに言えば、記憶は減衰し、変容するだけではなく、新たに作り出すこともできるのである。この点も、多くの研究によって明らかにされている。

記憶の脆弱さを示す研究は非常に多いが、そのうちの1つとして、「フラッシュバルブ記憶」に関するナイサーの研究を見てみよう(Neisser & Harsh 1992)。

1986年1月28日朝、チャレンジャー号が爆発したとき、ナイサーはすぐさまこれは「フラッシュバルブ記憶」(flashbulb memories)と呼ばれるもの――人生におけるある種の出来事は非常に衝撃的で重大であるために、カメラのフラッシュで印画紙に焼き付けたように消し去ることのできない記憶を残すに違いないという考え――の性質を研究する機会だと考えた。

ジョン・F・ケネディーの暗殺は多分もっとも良く知られた例だが、ナイサーは、チャレンジャー号爆発事故は、同じような「フラッシュバルブ」となって、新しい世代がその悲劇のニュースを聞いた瞬間を常に思い起こすような出来事となるに違いないと考えたのである。

事故の翌日、ナイサーは、彼の心理学入門講座の学生に短い質問表を渡して、爆発事故のニュースを聞いたときの状況について、そのときどこに居たか、誰がその話をしたか、誰と一緒だったか、そのとき何をしていたか、何時にニュースを聞いたか等を記録するよう求めた。

彼は学生が完成させた質問表を1年生が4年生になるまで約3年間デスクの引き出しにしまっておいた。

3年後彼は学生を再度招集して、彼らに同じ質問表に質問を1つ追加したものを与えて書き込みをさせた。

個々の質問に答えた後に、学生は自分の記憶に対する自信の度合いを5段階に評価させた――「1」が「ただの推測」で「5」が「完全に確か」という具合に。この質問表をオリジナルの質問表と比較して、その正確さを7段階に評価した。3つの中核的な質問(場所、二ユースを知った方法そして当時の行動)に正確に答えた場合はそれぞれ2点、一緒にいた人とか時刻というような周辺的なディテールを正確に記憶している場合は1点を配点した。

驚くべきことに、第2の質問表を完成した44人の学生のうち、わずか3人が7点を獲得し、11人は零点だった。すなわち、4分の1の学生は彼らの記憶の1つとして正確なものがなかったのである。

そのような4年生の1人であるRTは、3年後の回答のなかで出来事を次のように報告している――「爆発事故のことを聞いたとき、私は1年生の寮の部屋でルームメイトと一緒に腰掛けてテレビを見ていた。ニュースフラッシュが流れて、私たちは2人とも完全にショックを受けた。私は本当にうろたえ、上の階に行って友人と話し、それから両親に電話をした」。

しかし、出来事の翌日に報告された彼女の記憶は、これと似ても似つかないものである――「私が宗教学のクラスにいると、誰かが入ってきてその話をしはじめた。私は詳しいことは何も分からなかった。ただ、爆発事故が起こったということと亡くなった教師の生徒が全員それを見ていたということを除いて。そのことを考えて私はとても悲しくなった」

確かにRTの記憶はかなり悪いとは言えるが(正確性についての最高可能得点は7点であるが、学生の平均点は2.95である。)、決して異常というわけではない。例えば、もう1人の学生は、実際には大学でそのニュースを聞いていたのに、3年後の記憶では、自宅で両親と一緒にいたというのである。

さらに、注目を引くのは、自分たちの記憶に対する自信の度合いについての学生たち自身の配点であった。自分の記憶について最高の自信を表明した学生も、自信のない学生と全く同じように誤っていた。
RTの自信度は、正確性について零点だった他2名の学生とともに、5段階評価の最高点であった。

「私でさえ、この結果には驚いた」とナイサーは述べている。「多少の誤りはあるだろうと思っていたが、全面的に誤っているにもかかわらず高度の自信を持つ記憶というものは予想していなかった」と。

この結果が大変興味深いものであったので、彼らは次の春に個々の被験者にインタビューしてみることにした。インタビューの最後にナイサーたちは学生に2つの調査票のコピーを渡して読ませた。

実際の経験の証拠を突きつけられて、多くの学生は話を変え、少なくとも実際の経験のディテールの幾つかを思い出すだろう――「ああ、そうだ。そういうことだったのか、今思い出した」という具合に――と調査者たちは信じていた。

ところが驚いたことに、学生たちは誰一人としてそうしなかった。自分の記憶に高度の自信を持っていた学生の多くは、自分の記憶が不正確であることを示す証拠を見せられて明らかに動揺を示した。

証拠の信憑性について争うものは一人もいなかった。しかし、それでも彼らの「記憶」は影響を受けなかった。ある者は、3年前に自分が書いた調査票を読み終えてからこう述べて抵抗した――「私は今でもあなたに話したとおりの出来事がすべて起こったことを記憶しているんだ。間違いない」。

こうした記憶の変容がいつ、如何なる原因で起こるのかは、興味深くしかし難しい問題である。何人かの被験者は、事故のことを他人から聞いた記憶から、テレビで見た記憶に変えているが、それは劇的なビデオのシーンのほうが会話での描写よりもより鮮明に記憶されるからではないか、とナイサーは記している。

しかし、この理屈では、多くの記憶変容を説明できない。
カフェテリアでニュースを聞いたと事故の翌日に報告していたある被験者は、その3年後こう回想している――「寮の自室にいるとある女の子が『スペースシャトルが今爆発した』と叫びながら廊下を走ってきた」。彼女は、最初は叫ぶ少女を追いかけようと思ったが、テレビを点けてみることにした、という。この「叫ぶ幽霊」はどこから来たのだろうか?

「叫びながら廊下を走る少女などどこにもいなかったはずだ」とナイサーは言う。「[被験者]は、少女を想像したのだろう。彼女がどのような想像をしたのか、そしてそれは何時のことかは分からない。多分、彼女自身が叫びたいと思ったのだろう。そして後に、叫ぶという空想は彼女の記憶のもっとも生き生きとした部分になった。そしてついに、彼女はそれを信じるようになった」。そのようにナイサーは説明している。

これらの学生の記憶に影響を与えようと試みた人がいるとは思えないし、また、学生自身が嘘をついたり、記憶を変えようとする隠された動機をもっていたということもありそうもない。

したがって、ナイサーの研究は、外的な影響がなくても、ある著名な出来事の記憶が時の経過とともにいかに変容するものであるかを鮮やかに示したものといえるのである。

さらに、この研究は、人々が一度自分の記憶の正確性に自信をもってしまうと――この場合、第2の質問表に記入すること――、彼らは、たとえ彼らの記憶が不正確である絶対的な証拠を示されても、自己の確信に固執しがちであることを示している。

ナイサーはこう結論している――この研究は「決して起らなかった出来事を鮮明に回想すること」が可能であり、「一度そうした回想をしてしまうと、それを変更することは困難である。われわれの研究は、こうしたことが、何らの外的な暗示を受けなくても、通常の生活の過程でも起り得ることを示している」と。

 

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