第3章 武まゆみの証言と記憶

 

7 偽りの記憶

 

武まゆみは渡辺荘事件の記憶を全く持っていなかった。佐藤修一に対して長期間にわたってトリカブトを少しずつ与えていたが、それによって彼は死亡したのではなく、彼は坂東大橋から利根川に飛び込んで溺死したのだ、と武は信じており、その夜自分が佐藤を坂東大橋のたもとに連れて行った様子を鮮明に記憶していた。

しかし、刑事は彼女の話を信用せず、彼らから「ウソ」と決めつけられているうちに、徐々に自分の記憶に対する自信が揺らいできた。

平成12年10月24日、佐久間検事から「科学捜査の結果」「佐藤さんは溺死ではなく、殺されて利根川に捨てられた」ことは明白である、そのことは「裁判で立証する」「このままの供述をすると八木と同じ否認扱い(死刑)になる」と言われて、衝撃を受け、自分の記憶に対する自信を完全に喪失した。

そして、その後約2ヶ月間の集中的な取調べで、捜査官から様々な示唆と誘導を受けるなかで、武は「記憶」を徐々に獲得して行ったのである。

問題は、次の2つである。

第1 渡辺荘事件のような衝撃的な体験が「抑圧」されることがありえるか
そして、
第2 この事件で採られたような方法によって「回復」した記憶は信頼に値するか

この問題に答えるにはわれわれが持っている知識や経験だけでは不十分である。記憶と供述の専門家の意見を聴かなければならない。

 

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