第3章 武まゆみの証言と記憶

6 「取調室」という闇

 

平成12年10月当時、埼玉県警もさいたま地検も、森田考子の断片的で多義的な供述以外は、佐藤修一がトリカブトによって殺された証拠など何一つ持っていなかった。それどころか、そのころ既に佐藤修一の腎臓から利根川に生息する珪藻類が発見されたという検査結果が出ていたのである。つまり、捜査官は佐藤が溺死した証拠を持っていたのである。武まゆみがそれまで繰り返し供述していた「佐藤さんは坂東大橋から飛び込んで死んだ」という事実を決定的に裏付ける証拠があることを佐久間検事は知っていたのである。

それにもかかわらず、彼女は武まゆみに対して、「科学捜査の結果、佐藤さんが溺死ではなく、トリカブト入りまんじゅうを食べさせられて殺されたことは立証できる」などという嘘を告げた。
そして、このままの供述を続けていると「否認している八木と同じになってしまう」つまり死刑になると宣告した。そしてさらに、「八木はあなたが1人でまんじゅうを食べさせ、1人で死体を担いで利根川に運んだと言っている」という嘘を告げたのである。

こうして、武まゆみは再び死の恐怖に直面することになった。彼女は「私、人生投げたわけじゃないから、それはイヤだ!!」と絶叫した。絶大な信頼を寄せていた佐久間を疑うことなど全く考えていなかった彼女は、逆に、自分の記憶を疑った。

そして、そのような状態に陥った武に対して、佐久間は、ときには「みんなの罪をしょっていく気か」と言って脅したり、ときには「とにかく頭を使って一日中事件のことを考えなさい」と命令したり、ときには「まるでパズルのピースを埋めていくようだね」と言っておだててみせ、事件の記憶を「再生」することを迫ったのである。そして武は、来る日も来る日も、目を閉じ、自分の「記憶」を探りつづけた。そして、やがてフラッシュバックが訪れ、2ヶ月間かけて彼女は徐々に「トリカブト殺人事件」の物語を獲得していったのである。

自白後も検察官は武に対する影響力を徹底的に行使し、不都合な証言を次々に変更させて行った。武の公判証言は捜査から切り離されたものではなく、取り調べの延長線上にあったのである。

われわれの生命と財産を守るための、国家の治安維持活動の要にある検察官が、自白を獲得するために、そして、個人を有罪とするのに必要な証言を引き出すために、違法極まりない行動を平気で行なう、などということを考えるのは、気持ちのいいものではない。そうしたことが日常的に行なわれているとは思いたくない。実際にも日常的に行なわれてなどいないであろうと、われわれは信じる。しかし、そのような行為をときとして行う検察官が存在するというのも、厳然たる事実なのである。

偽計による自白の証拠能力を否定した有名な最高裁判例(最大判昭45・11・25刑集24-12-1670)において、「奥さんは自供している」と嘘を言って夫の自白を獲得したのは検察官であった。「芸大バイオリン事件」で、被疑者を大声で怒鳴り、書類を机のうえに叩きつけたり物差しで机を叩き、首根っこを手で押さえてボールペンの先を目玉につく寸前まで突きつけたのは東京地検特捜部の検事であった(東京地決昭59・6・19判タ589-81)。汚職事件の捜査のため東京地検に派遣された金沢検事は、参考人として取調べ中の宮城県庁の元職員と木材会社の役人を「ブタ野郎!」と怒鳴りつけ、正座や土下座をさせたうえ、熾烈を極める暴行を加えて、彼らに重傷を負わせた。日本の「アジア極東犯罪防止研修所」や検察庁に3年間滞在して、日本の検察実務をつぶさに観察したアメリカの気鋭の法社会学者デビッド・ジョンソンは、日本の検察は司法全体を動かす中心に位置しており、刑事司法における処遇の個別化と一貫性という相互に矛盾する要求を見事に達成しつづけているとして、非常に高く評価している。しかし、このような「楽園にも問題がある」として、その成果が余りにも自白に依存しており、検察が自白獲得のために行うさまざまな違法行為が存在する事実を明らかにした。彼は、こうまとめている。

本書の冒頭で私は日本は検察にとって楽園であると書いた。本章は楽園にも問題があることを明らかにした。日本の刑事司法は非常に強く自白に依存している。それゆえに、ある種の状況下において、検察官は、自白を得るために、答弁取引、調書の作文、サード・ディグリー[拷問]というような、あからさまな違法手段を用いる。彼らがそうした行動をとるのには様々な理由があるが、一番の理由は、それが可能だということである。自白を得るために捜査官が殆んどなんでもできるところでは、捜査官は自白を得るために殆んどなんでもするであろう――その「必要」があれば。この意味で、日本の自白問題は、楽園の代償なのであるが、それは、重要な部分で、日本の法が検察向けの性質を持っているということと、捜査官が外部の監視から遮断されていることに由来するものである。皮肉なことに、大部分の事件で不当な行動を採ることを不要にしているはずの検察向きの法が、自白を得るために「必要」とあれば捜査官がその法を乱用することをも可能にしているのである。同様に、公的なあるいは政治的な監視から遮断されていることが、検察の不当な行動を発見するのを、不可能とはいえないまでも、困難にもしているのである。(Johnson 2002 p264)

 

本件のような世間の耳目を集めた「重大事件」では、「事件解決」のために捜査官に多大の社会的プレッシャーがかかる。また、こうした事件では検察組織の中で功名心にかられた若手の検事が無理な取調べをする例が後を絶たない。前出の金沢検事のケースはその典型であり、本件における佐久間検事はそこに新たな事例を付け加えるものである。佐久間検事は、武まゆみに暴行をしたわけではない。武は、いまでも佐久間を「命の大恩人」だと信じて疑わない。しかし、それでも彼女が違法な取調べの犠牲者であることに変わりはない。彼女は佐久間の取調べによって彼女の記憶自体を作り変えられてしまったのである。自らの被害を自覚する契機すらもてないのである。これほどに深刻な人格への侵襲はないだろう。

考えてみると、わが国の取調べは非常に濃密であり、本件ほどではないにしても似たような事例はほかにもあるに違いない。その被疑者たちが「武ノート」のような詳細な記録を残していないために、それがあからさまにならないだけなのである。

 

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