第3章 武まゆみの証言と記憶

 

5 平成14年証言

 

武の証言は平成13年10月26日に終わった。続いて、森田考子、アナリエの証人尋問が行なわれた。彼女らは、武のようにノートをつけておらず、取調べの詳細な経過は明らかにならなかったが、われわれの反対尋問に際して、彼女らも取調べの当初は事件の記憶はなかったという証言をした。われわれは、武のみならず、森田やアナリエに対しても、同じような「記憶回復」の操作が行われていたことを確信した。

そして、年が明けて、平成14年3月、弁護側立証の冒頭に武の渡辺荘事件の記憶は「偽りの記憶」の可能性が高いという仲真紀子の鑑定書を証拠請求した。すると、検察官は、武まゆみに対する再度の尋問を要求してきた。検察官が武の再尋問が必要な理由として説明したこと(立証趣旨)は、武の記憶の問題とは無関係な事柄であった 。われわれは、この証人申請に対して強く異議を唱えた。しかし、裁判所は武の再尋問を許可した。

平成14年5月武は半年ぶりに証言台に立った。主尋問を行なったのは佐久間佳枝検事である。無期懲役刑が確定し灰色の受刑服を着た武は、風邪薬事件の自白を始める前も後も検事は刑の話はしなかったと、前年の証言を繰り返した。そして突然、佐久間と武は次のようなやり取りをはじめた。

佐久間:ところで,あなたは風邪薬事件の川村さんの殺人未遂を自白したときに,あなたが犯したすべての犯罪を自白する決意でいましたか。
武:いいえ,その決意はしていません。
佐久間:何か隠そうとしていましたか。
武:はい,私は佐藤さんをトリカブトで一発で殺したということは隠しておこうと思いました。
佐久間:ちょっと待ってくださいよ。証人はこれまで,佐藤さんの殺人ついては,記憶がなくなっていたとか,八木さんから佐藤さんは自殺だと言われて,そう思い込んでいたとか,そういう話をしてませんでしたか。
武:はい,どうもすいませんでした。私は,捜査段階のときからずっと,前回の証人尋問のときにも言えなくて,隠していたことがありました。本当に申し訳なかったと思ってます。だから,今日はそれを告白しに来ました。
佐久間:それは,どういうことですか。
武:私は,佐藤さんに,大さじ1杯分のトリカブトをあんパンに詰めて,それを食べさせて殺したということは,今日まで忘れたことは1秒たりともありません。
佐久間:その話を,例えば村木先生やあなたの両親,接見禁止が取れてからのあなたの両親,そういう人たちに打ち明けましたか。
武:いえ,私はだれにも言ってません。検事さんにも刑事さんにも,もちろん裁判官にも。そして,親にも弁護人である村木先生にもだれにも打ち明けてません。
佐久間:忘れていなかった,1秒たりとも忘れていなかったと言いましたね。
武:はい。
佐久間:それは,あなたがずっと言っていた記憶にふたをしていたという証言がうそだったという,そういう意味ですか。
武:はい,そうです。本当に申し訳なかったと思ってます。
佐久間:わざと隠していたということになるんですか。
武:はい。
佐久間:佐藤さんを殺害した後,八木さんに佐藤さんは自殺だからと何回も言われたから,私は洗脳されたようになったと,証人は捜査段階で言っていて,公判でも同じ趣旨の証言をしていましたね。
武:はい。
佐久間:それがうそだったということなんですか。
武:はい,うそでした。(武86回証言調書)

 

武は、渡辺荘事件の記憶がなかった、「記憶にふたをしていた」と述べた前年の証言は全て嘘であり、本当は、「今日まで忘れたことは1秒たりともありません」と言うのである。

その経緯を、彼女は次のように説明した――「風邪薬事件を自白して間がないころ」、村木弁護士から「保険金殺人事件は1件でも無期か死刑と決っているんですよ」と言われ、自分は3件もやっているから間違いなく死刑じゃないかと思った;その死刑の恐怖は自分に対する判決の日(平成14年2月28日)まで続いていた;平成12年5月末の佐久間検事の取調べで検事から佐藤の臓器が保管されていると聞いて愕然とし、証拠と矛盾せずに渡辺荘事件がばれないシナリオを考えようと思い、トリカブトを毎日少しずつ与えていたが、最後は自殺したというシナリオを1人で思いついた;平成12年6月に鈴木刑事にトリカブトを少しずつ与えていたという話と偽装自殺の話をして、そのころから自分の日記にそれが自分の正しい記憶であると繰り返し書いて、捜査官に自分の日記を見せてそれを信じ込ませようとした;しかし、10月24日の取調べで、佐久間検事から、「偽装自殺」は殺人に他ならないと指摘されて、もうダメだ、本当のことを話さなければいけないと思った;その後の休憩の後に佐久間検事から「佐藤さんに最後に食べさせたものは何」という質問をされて1時間近く下を向いて考えていたとき、佐藤殺害後の細部でわからないことがあることに気がつき、「これを利用しよう」つまり、事件のことを「ずっと忘れていたことにしよう」と思いついた;このようなことをしたのは、死刑になることが本当に怖かったので、少しでも自分を飾って、助かりたいと考えたからである、と。

 

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