第3章 武まゆみの証言と記憶

記憶

 

武まゆみは、佐藤修一をトリカブトで殺したことについて、「おぼろげながら」記憶に残っていた(武第15回証言調書);いつ・どこで・何によって・どのように殺したか・その後どうしたかなどは覚えていなかったが、自分が佐藤を殺したという「自覚」はあった(第17回、第18回証言調書)などと証言している。また、「具体的なことは何も覚えていなかった[が]、体の感触として覚えていた」(第27回証言調書)という表現 もした。さらには、「自分が佐藤さんを殺したという自覚はあったんですが、そのときには自殺したと思っていました」という自己矛盾の証言もしている(第26回証言調書)。これは何を意味するのだろうか。

武は、平成12年5月27日から30日にかけて佐藤修一のことについて検察官から集中的に取調べを受け、合計9通の検察官調書に署名している。その中の1つ5月29日付検察官調書の末尾で、彼女は「今にして思えば、佐藤さんは八木さんが殺したのかも知れないと思っています」と述べている。このころ、武はまだ八木を最愛の人と思っていたというのである。もしも、自分の記憶の中に、漠然とであれ、自分こそが佐藤修一を殺した犯人であるという「自覚」があったのであれば、「八木さんが殺したのかも知れない」などと供述するはずはないであろう。

武ノートのどこを見ても、平成12年10月24日の佐久間検事との再会より前の段階で、武が佐藤をトリカブトで殺したことを、「自覚」していたり、「体の感触で覚えていた」ことを示すものはその片鱗すらうかがえない。問題の10月24日の日記には「私は、なんで覚えてないのか。***その辺の前後の記憶が、スッポリとなくなってるんだから」と書かれている(武ノート6冊目)。

武の証言を見ると、自分が佐藤を殺したという「漠然とした自覚」があるといいながら、別荘での謀議に関しても誰がどのような話をしたのか思い出せない状態だった;何によって・どのように殺したかも思い出せなかった;佐藤に布団を被せて押えた記憶もなかった;佐藤の死体に革ジャンやセーターを着せた記憶もなかった;死体を利根川に流したという自覚もなかった;東秩父の山の中に何かを捨てたという自覚はあったがそれ以上の記憶はなかったというのである(第17回証言調書)。武が「漠然とした自覚」と命名したものの中身は空っぽである。他方、平成7年6月3日の夜に坂東大橋のたもとまで佐藤修一を連れて行ったという「自殺」の話については、そのような記憶があったのは事実であり;別の日の出来事をつなぎ合わせて話しているという気持ちはなかった;嘘を言っているという自覚はなかったと証言している(第18回証言調書)。

要するに、武は、平成12年10月24日以前には、佐藤修一は坂東大橋から利根川に飛び下りて死んだという記憶を持っていて、渡辺荘事件の記憶をまったく失っていたと証言しているのである。

武は、法廷証言に至って、佐藤を殺したことについて漠然とながら「自覚していた」とか、偽装自殺の話については話しているときから「おかしいと思っていた」などと述べ、それにあわせるように、ノートの記載について「自分でうそをついていると思いたくない気持ちで書い[た]」 とか「トリカブトを上げているという事実から逃げたくて、一生懸命もがいて、理由を探して[書いた]」 とか説明している。また、鈴木刑事に対してウソ発見器にかかってもかまわないと言ったときの心理について、「自分の心の中では、うそ発見器にはかけてもらいたくないと思っていた」などと証言した(第23回証言調書)。

この武の説明はその当時に作られた調書や上申書、そして膨大な量のノートの記述と明らかに矛盾している。

これらの武の法廷における説明は、意図的な嘘と思われるが、善意に解釈すれば、「ハインドサイト効果」(hindsight effect)によるものと言うことも可能である。東京都立大学助教授仲真紀子はこう説明する。

心理学の中では、ハインドサイト効果、後ろ見効果というふうに言われるものがあって、それは、最終的な結果を知っているような状態では、前に自分がどういうふうなことを考えていたとか、思っていたかということの判断が狂ってしまうというようなことを言います。すごく端的な例は、例えば、選挙のときに、自民党はどれぐらい獲得できると思うかというふうなことを住民に聞いておきまして、何割ぐらいとかというような答えを得ておいて、それから、その選挙の結果が出た後、もう一回、当時の選挙前にあなたはどういうふうに答えていましたかというふうに聞きますと、ずっとその結果に引き寄せられたような判断になってしまうんですね。それは、ハインドサイト効果の1つですけれども、例えば、武さんが、ずっとイメージを作り上げてこられて、最終的に、佐藤さんをトリカブトを食べさせて殺害したというような、そういう詳細なことを思い出したと、で、それをもって裁判に臨んでおられるとすると、もう、そこの部分は真実だけれども、その前に、いろいろ思い出さなくちゃいけなかったこととか、なんか、全然忘れてしまっていたこととかというのは、前のようには実感して思い出せないというふうなことが言えると思います。で、その中で言えば、もう、今の現状があるわけですから、これは、努力したにしろ、例えば、量刑の話をされて、無理やり考えて出てきたとかというような感じはしなくなっていて、それほどの示唆がなくても出てきましたというような、そういうような回答をされる可能性はあると思いますね。(仲第84回証言調書)

 

現在の時点で過去の自分の行動を説明するときに、その行動を現在の自分の行動とできるだけ整合するように歪めたり、過去の行動の記憶自体を変容させてしまうことがあるのである。法廷証言の時点で、武は、渡辺荘事件は実際に起こった出来事であり、自分の記憶は正しいと信じていた。現時点における自分の記憶の正しさを説明するために、その記憶は全くの無から生まれたものではなく、おぼろげながらあった記憶を精緻化したものに過ぎないと言いたいのである。

 

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佐久間検事の脅迫・誘導

 

武の証言によると、彼女が渡辺荘事件を思い出すきっかけは次のとおりである――平成12年10月24日佐久間検事の取調べの際に、検事は「佐藤さんがトリカブトで死んだこと、利根川では死んでいないことは裁判で立証する」と言われて、「トリカブトをいじれるのは私しかいないから、私がやったと思います」と答えたが、そのときには記憶は甦らなかった;検事は「そういう仮定や推測でものを言ってはいけない」と言って相手にしてくれなかった;検事に「何かヒントを下さい」というと別荘での共謀に関する考子の供述を教えてくれたが、ピンと来なかった;「全然ピンと来ません」というと、検事は「この際、考子の話なんかどうでもいい」と言って、「じゃあ、あなたが生きている佐藤さんに最後に食べさせたものは何?」と聞いた;目をつぶってじっと考えてみたら、頭の中にあんパンが浮かんだ(第15回証言調書)。

この描写は、佐久間が作った平成12年11月7日付の検察官調書の記載に沿うものであるが、当日の日記やその日に妹宛に書いた手紙の記載と大幅に異なっている。日記や手紙によれば、佐久間検事は、「科学捜査の結果」佐藤は自殺ではなくトリカブトで殺されて利根川に捨てられたことは明白であると告げたのであり、武が1人で「トリカブトまんじゅう」を食べさせ、死体を1人で担いだと八木が言っていると言い、さらに、このまま偽装自殺供述を続けると八木と同じ否認扱いになる、すなわち、死刑になると警告しているのである。

しかし、証言とノートの記載には類似点も多い。武は、検察官の主尋問では、佐久間検事はトリカブト殺人を「裁判で立証する」と言ったと証言したが、反対尋問では佐久間検事が「今は科学捜査の時代だから、その結果で全部わかるんだよ」と言ったと述べ、ノートの記載を全面的に肯定した(第20回証言調書)。また、武は、このとき佐久間検事から「八木と同じ死刑になる」と言われたことはないと証言したが、「八木さんと同じ否認扱いになっちゃうよ」「佐藤さんが自殺したという話をしていると、それは否認扱いになるよ」という話はされたと言っている(同前) 。武が「八木さんと同じ否認扱い」で困るのは、それまでの取調べを通じて、捜査官から否認をしていると死刑になるという話をさんざんされて、それを信じていたからである。佐久間検事が具体的に「死刑」という言葉遣いをしなくても、「否認扱い」というだけでそれが「死刑」を意味することを武は了解していたのである。そうすると、公判証言とノートの主要な違いは、武がすべて1人でやったと八木が言っているという部分である。この部分の武ノートの記載をもう一度見てみよう。

私が全部やったって、誰かに話していると言ってた。(前に)
私がまんじゅうを無理矢理食べさせて殺したと。死体も私が一人でかついで川に捨てたと言ったんだそうだ。たぶん考子に……。
何で、そんな事を……。

 

この記載のうち、武は、「私がまんじゅうを無理矢理食べさせた」と八木が言っているという発言については、佐久間検事に言われていないと証言したが、「死体も私が1人でかつで川に捨てたと言った」という部分を佐久間に言われたことは認めた(第20回証言調書)。しかし、「私がまんじゅうを無理矢理食べさせた」という部分についても、実際に捜査官からそのようなことを言われていないのに、武が捏造すると考えるのは不可能である。そもそも捏造の理由がない。しかし、「あなたが死体を1人でかついで川に捨てたと八木は言っている」ということだけでも、武にとっては十分すぎるほどの衝撃であったことは間違いないだろう。そして、武は、佐久間検事がうそをつくとは思えなかったので、佐久間検事の話を信じたのである。

ここでノートの記載の意味を考えてみたい。ノートには八木の発言について「(前に)」「たぶん考子に……」と付記がある点が注目を引く。これはおそらくこういうことだろう。「全部私がやった」と言っているというのは、取調べの際に八木がそう発言したという趣旨ではなく、事件の後八木がそういう発言をしているのを考子が聞いたという意味であろう。佐久間検事は、武に考子の供述内容を教えている。その際に、「全部武が1人でやった」と八木が話すのを考子が聞いたと伝えたのである。八木がそんな話をしていると言うことを聞かされて、武は「ちゃんと思い出さなくちゃ」「ダダダもひどい!」という気持ちになって、その気持ちをノートに書いたのである。

佐久間検事は、このほかにも、考子の供述内容を武に伝えている。武の証言によると、佐久間は考子の語る「別荘での共謀の話し」を武に伝えた(第15回証言調書)。武は、その場面については、八木の発言の幾つか(「マミはベテランだから」「マミに任せておけばいい」)しか覚えていないと言う(第18回証言調書)。しかし、「別荘での共謀の話し」というからには、それがトリカブト殺人の謀議の一部であるという前提で伝えられたと思われる。

武の平成12年11月7日付検察官調書によると、

私が記憶を呼び戻すヒントがほしいと言ったら、検事さんが考子さんが別荘でディナーショーの日に佐藤さんを殺す打ち合わせをしたと話した、ディナーショーの前に佐藤さんにトリカブトを食べさせたのではないかと言いました。

 

しかし、この話にはピンと来ず、武は「わかりません。映像が浮かんできません」と答えた;そして佐久間は「落ち着いて時間をかけて良いからよく思い出してみなさい。生きている佐藤さんに最後に食べさせたものは何。ディナーショーの日に限る必要はないから、あなたの記憶で、生きている佐藤さんに最後に食べさせたものの記憶をたどりなさい。この際考子さんの話は関係ないから」と言った;そして、武は検事の前で何分も目を閉じて一生懸命に考えていると、頭の中にパッとあんパンの絵が浮かび、ディナーショーの日に佐藤にあんパンを食べさせたことを思い出した、というのである。この調書の中では、武の記憶喚起が、佐久間検事が教えた考子の話と無縁であることが強調されている。「考子さんが話した内容とは切り離して、自分の頭の中で思い出したからそのように答えました」と調書には確かに書いてある。しかし、果たしてそう言えるだろうか。

調書で語られている武の記憶回復の場面は、「取調べ」というよりは、「記憶回復セラピー」で、心理カウンセラーが患者に催眠術を施している様子とそっくりである。まず「トリカブト殺人」が既定の事実であることが示される。患者はなんとかしてそれを思い出さなければならないという心理的構えに誘導される。ここで、カウンセラーは考子の供述を明らかにして、「ディナーショーの前に佐藤さんにトリカブトを食べさせた」ことが間違いないらしいというヒントを与える。その上で、「考子の話は関係ないから」「ディナーショーの日に限る必要はないから」自分の記憶を辿るようにと教示する。患者は目を瞑ってじっとそのことに意識を集中して考える。――そして、ディナーショーの日にあんパンにトリカブトを入れて食べさせたことを思い出す。

「考子の話は関係ないから」とか「ディナーショーの日に限る必要はない」というのは、表面上は考子の供述による誘導ではないことを示そうとしているかのようであるが、実際の効果は、むしろ逆である。その発言によって、考子の供述が印象付けられ、それとは別に、独自の、しかも、考子の話と整合性のある話を思い出さなければならないという心理的なプレッシャーを与えることになるのである。仲も次のように証言している。

例えば本当に、何もないところで自発的に話してくださいというのは、これは面接法の正しいやり方だと思います。[しかし]この場合は、思い出せないということがあって、しかも[考子]さんの話は一応耳に入っていて、それで[考子]さんの話は関係ないから、あなたはどう思うのかというふうに聞かれているというところで見ると、これは、方向付けになる可能性はあると思います。(第85回証言調書)

 

武は、また、佐久間がこのときの取調べで「偽装自殺」供述についてコメントしたことを証言した。「自殺」のストーリーを詳細に語った9月27日付警察官調書について、佐久間は「あんた怖い調書を作ってもらったわね」「この調書をちゃんと読むと、自殺教唆とかではなく、殺そうと思って自殺をさせてると言うのが見て取れる」と言ったというのである(武第20回証言調書)。佐久間検事は、ここでも武に「記憶回復」のための更なるプレッシャーを加えているのだ。武がそれまで一生懸命に述べていた「自殺」供述が「殺人」の自白と同じであるといわれれば、誰でも動揺するであろう。

 

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