第3章 武まゆみの証言と記憶

 

4 平成13年証言

 

武まゆみは、平成13年秋に連続して行なわれた証人尋問において、一連の訴因を自白するにいたった経緯について、概略次のように証言した:

逮捕後しばらくの間事実を否認していたが、検事の話を聞いて証拠ががっちりつかまれていることが分かったし、うそをついたり黙っていることが辛くなってきていた;また、村木弁護人に対する信頼もあまりなく、相談する気になれないでいたところ、佐久間検事から「あなたは間違っている。あなたは、あなたが自白して、八木にも謝るチャンス、本当のことを話させるチャンスを与えてあげるべきだ。それは、あなたにしかできない。」「あなたが自白をしたところで、八木が自白をするかどうかは分からないけれど、チャンスを与えることぐらいはしなさい。」と言われ、八木にも「人間として立ち直るチャンス」を与えるべきだと決心して、自白した;弁護人を通じてノートを八木に差し入れたが、平成12年8月頃にその返事を見て、八木の本性がわかり、自分が情けなくなって、八木と決別する決心がついた;佐藤修一のことについては、それを話すと保険金殺人が2件になってしまうので、刑が怖くて話す勇気がなかった;森田殺人事件の取調べが終った後、刑事を呼んで「自殺」の話をしたが、その話をしたとき自分でも「変だな」と思っていた;自分としては、佐藤をトリカブトで殺したことは記憶の中に「おぼろげながら」残っていたが、佐藤を殺した場面が映像として浮かばなかった;その後、佐久間検事から「佐藤さんがトリカブトで死んだこと、利根川では死んでいないことを裁判で立証する」と言われたが、佐藤にトリカブトを食べさせた状況とか、佐藤が死んだ様子は頭に浮かばなかった;自分が佐藤をトリカブトで殺したことは分かったが、そのときの状況が思い出せなくて、とても苦しんだ;「なにかヒントを下さい」と言ったら考子の供述を教えてくれたが、ピンと来なかった;検事は「じゃあ、あなたが生きている佐藤さんに最後に食べさせたものは何」と尋ねたので、目をつぶってじっと考えてみたら、頭の中にあんパンが浮かんだ;そして、大さじ1杯くらいの刻んだトリカブトの根っこがまな板の上にある映像が浮かんだ;それで「あんパンです」と答えた;その後、佐久間検事から「細かいことも全部思い出さなければならない」「フルに頭を使いなさい」などと言われて、一生懸命に思い出すことに意識を集中して、渡辺荘事件の詳細を少しずつ断片的に思い出していった。

 

 

 

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捜査官の言動

 

武は、ノートにおける内藤検事や佐久間検事の言動を記載した部分について、部分的にそのような事実があったことを認めたが、一部は「創作をした」などと証言した。例えば、佐久間検事から「あなたを生きて帰したい。このまま行ったら生きて帰れない」「八木は死刑だ。もう決っている。でも、あなたが話をすれば、八木も助かる」「八木を死から救えるのはあなたしかいない」「あなたが話せば、2人とも助かるかもしれない」という発言を繰り返し言われたという部分について、これらはいずれも「創作」「ウソ」であると言い(武第17回証言調書、第20回証言調書)、このようなことを書いたのは、自白しようとしている自分に対して「検事さんからこういうふうにいわれたんだから大丈夫だよって、[自分を]元気を付けるため」(武第17回証言調書)とか「検事さんがそう言ったんなら、それは本当なんだと、そういうふうに思える」(同)とか「検事さんから言われたかたちにした方が納得できると思ったから」(同)とか刑に対する恐怖に打ち勝つ「勇気をつけるため」「自分を慰めるため」(武第20回、第26回、第27回証言調書)などという説明を試みている。しかし、こういう説明に納得できる人はいるだろうか。自分自身に明白なウソをつき、そのウソによって自分に「大丈夫」といって聞かせたり、自分を「納得」させたり、「勇気をつける」などというのは不可能である。

また、武は、否認していたころのノートにはウソの話を忘れないようにしておくためにそれを書いたとも言っている(武第15回、第17回、第26回証言調書)。しかし、検事や刑事の取調べ中の発言について、嘘を書いてまで、忘れないようにしておく理由は全くないだろう。

さらに、武は、八木の目を意識して「私も検察官とか警察官とかに対する反感をもったことを書いたほうが、八木さんと同じ気持ちでいるんだと言うことをアピールできると思っ[た]」とも説明している(武第17回証言調書)。しかし、武がノートに記載した捜査官の言動は、捜査官に「反感」を抱いたという文脈では書かれていない。検事に反感を抱いたなどということは一言も日記には書かれていない。むしろ平成12年4月下旬の段階で「佐久間検事は、かなり私のことをわかってくれている。感じのいい女性だ」などと(武ノート1冊目4/27)、検事に好感をもっていることを書いているのである。

そもそも、八木の目を意識してノートを書きはじめたという証言自体が疑わしい。武がはじめて自分のノートを弁護人に宅下げしたのは平成12年5月22日であるが、この段階で武は既に3冊のノートを書き終えている(武第27回証言調書)。八木の目を意識してノートを書き始めたのであれば、書き上げたノートを一刻も早く宅下げするはずである。ちなみに、検事がこのノートの内容を見た最初はそれよりも3週間前の5月3日である(武ノート1冊目5/3、武ノート2冊目5/3)。八木宛のメッセージや八木に対する心情を記載した部分は早くから登場するが、だからと言って八木の目を意識していたということにはならない。自分の日記に恋人へのメッセージを書くというのは、恋愛感情の高まりを示すことにはなりえても、その日記を恋人に見られることを意識している証拠だなどとは言えないだろう。

武は、検事から「自白すれば刑は軽くなる」という趣旨のことを言われたとノートに書いた一つの理由は「しゃべったほうが軽くなるんだよと、八木さんに教えてあげれば八木さんが自白するかもしれないと思っ[た]」からだ、とも説明している(武第17回証言調書)。しかし、武はどうして「自白したほうが刑が軽くなる」ということを知ったのだろうか?この点を聞かれて、武は「それが本当かうそかは分かりません」「私は、しゃべったほうが軽くなるということは分かっていません」などと言って答えをはぐらかした(同)。もしも、武が本当に刑が軽くなるかどうか分からなかったのであれば、そんなことをノートに書く訳はない。

武は、八木が「人間的に立ち直れる」ために、「直接利益になる方法」「目先の利益」を書いた方が分かりやすいと思って「刑」のことを書いたとも言っている(武第17回、第26回、第27回証言調書)。この説明も苦し紛れである。もしも、武が言うように、否認や黙秘は苦しく辛い文字どおりの「苦難」であり、自白は清清しい人間的な開放感を人に与えるのだと信じているのであれば、最愛の男にその「人間的救済」の素晴らしさを知らせればいい。それが愛というものであろう。先に述べたように、武自身は自白すれば刑が軽くなることは「本当かうそか分からない」と言い、さらに「[自白が]利益になるとは思っていません」とまで言っている。そうだとするならば、なおさら、「刑の話」をするのはおかしい。最愛の人にデタラメを言って重大犯罪の自白をさせようという人はいない。武が平成12年10月頃までは八木を愛していたこと、そして、彼女が心の底から八木に自白してほしいと願っていたことはノートの記載などから明らかである。では、武はなぜ八木に自白してほしいと願ったのか?それは、八木に生きていてもらいたいからである。武は自白によって八木の命が救えると信じていたのである。武はなぜそれを信じられたのか?自白によって刑が軽くなることを佐久間検事に教えられていたからである。ほかに理由はない。

捜査官の言動を捏造したという武の説明はいずれも説得力がない。そもそも、武はそれまで逮捕されたり勾留されたことがなく、身柄拘束下の取調べでの捜査官とのやり取りを体験するのは生まれて初めてのことであった。「このままでは死刑になる」「自白すれば命は助かる」「あなたを生きて帰したい」などという話を検事から取調べ中にされたということを、全く経験していないにもかかわらず、創作できる知識も経験も彼女は持っていないのである。

武は、取調べ中に検察官と刑の話をしたことはない、刑の話をしたのは第1回公判の前々日だと証言した(武第17回、第20回証言調書)。しかし、武まゆみは、ノートに何度も何度も佐久間検事から「このままでは死刑になる」「自白すれば命が助かる」「八木さんと私に差をつける」という趣旨の話をされた事実を具体的に書いている。そして、先に指摘したように、平成12年5月3日以降武はたびたびノートを佐久間検事に渡し、コピーを取らせているのである。最終的には全てのノートを佐久間検事に見せている(武第20回証言調書)。したがって、佐久間は、武がノートの中に、自分が何度も刑の話をしていると書いているのを熟知していたのである。

自分が一言も言っていないことをあれほど詳細に書いていることに気付いたならば、それについて検事の方からとがめるとか何らかの発言があってしかるべきであるが、そのような事実はまったく伺えない。武もそのようなことは「1度もありませんでした」と証言している(第26回証言調書)。

さらに、武は、ノートだけではなく、手紙にも佐久間検事から刑の話をされたことを繰り返し書いている。平成12年8月から9月に書いた八木茂にあてた手紙(武H12/8/13手紙)には「私は検事に、朝から晩まで、何10回も、『八木は死刑だ。もう生きて外には出さない』と言われていました。そして、『八木を助けられるのは、あなたしかいない。八木を死刑から救ってあげようよ』と、これも何10回も言われました。私は、検事に洗脳されてしまったのでしょうか?このままだと、マスターは死刑になってしまうと、私が思い込んでしまっただけなのでしょか?」と書いている。この手紙は、八木メモを受け取って、その中で八木から「オレのことを愛しているなんて言ってほしくない」「私を死刑にしたいのは、まみではないか」と言われて、非常なショックを受け、八木のためを思って自白をしたのに、その思いが伝わらず、かえって八木を失うことになるのではないか、という不安の中で、自分の真意をなんとか八木に知ってもらおうとして書いたものである。佐久間から刑の話をされたことがなく、自白しようがしまいが刑には関係ないというのであれば、このようなことを愛する人に書き送ろうとするわけはないだろう。

武は、第1回公判の1ヵ月半後平成13年5月13日に八木茂樹(八木茂の長男)宛に手紙を書いている。このころには、武は完全に八木と決別し、佐久間検事を心から信頼し、法廷では「高野弁護士とちゃんと争う」ことを誓っていた時期である。それでも、彼女は手紙にこう書いている。

私は、最初に自白する時に、”無期”になることを覚悟して、証人となることも覚悟して正直に話すことを決意したのです。そして、その時点で、”極刑は免れた”と検事に言われました。そして、その後で、夏頃に佐藤さんの事件を私が自白し始めたことから事件として立件できたということで、捜査に協力したと認められたから、更に1つ下がるそうなので、有期になればいいかナ、と今は思っています。

 

この手紙は、茂樹が面会にきてくれたり、自分の家族のことまで心配してくれていることに対する感謝の意を示すことを目的に書かれたものである(武第86回証言調書)。武は、この手紙の中で、茂樹の父親については「例え八木さんが正直に話しても、八木さんの場合は刑は変わらないのだそうです」と書いている。その一方で、自分は少なくとも「極刑は免れた」「有期になればいい」などと書いているのである。検事からそのような話をされたことが全くなく、自分も八木もどのような刑になるのか分からないにもかかわらず、このようなデタラメを書くとはとうてい思えない。自分は死刑はない;「裁判の進み」――自分の法廷でのパフォーマンス――の具合によっては、「有期」もありえる;しかし、あなたの父親はもう死刑しかありえない;検事はそう言っている;この手紙の中で武はそう茂樹に告げているのである。幼馴染の感謝すべき相手にわざわざ嘘をついてまで書き送る言葉だろうか。

武まゆみは、逮捕後、村木弁護士を通じて、自分の母親や妹にあてて沢山の手紙を書き送っている。われわれは、村木弁護士からその手紙の中に取調べ中の捜査官の言動や事件の記憶に関する記述があるものが8通あることを確認し、裁判所に武の母親と妹あてに手紙の提出命令の発動を求めた。われわれは事前に彼らがその手紙を保管している事実を直接本人から確認していた。ところが、提出命令を受け取った武の母と妹は「廃棄した」と裁判所に回答した。そこで、われわれは、村木からその手紙の写しを封をしたまま入手し、法廷で封をしたままそれを武まゆみに示した。武は、われわれの尋問に答えて、母や妹にあてて書いた手紙の中に検事から刑の話をされたということを書いたことはないと証言した(武第87回証言調書)。そこで、われわれは武に法廷で手紙の開封を求めた。武はこれを拒否した。

われわれがこのような尋問方法をとったのは、村木弁護士から直接手紙の内容の開示を受けることは彼の武に対する守秘義務違反となる可能性があるからである。村木は、武の了解がない限り手紙の内容を明らかにすることはできないとわれわれに伝えていた。しかし、この尋問が終了した後、武は、八木の主任弁護人高野と村木弁護士を守秘義務違反を理由に懲戒請求してきた。村木は、問題の手紙を自分の行為の正当性を証明する証拠として全て埼玉弁護士会綱紀委員会に提出した。これによって、われわれは、8通の手紙の全容を把握することができたのである。武の脳裡にあんパンの絵が浮かんだという10月24日当日付の妹宛の手紙は先に引用したとおりである。それ以外の手紙は、われわれの予想したとおり、検事との間で量刑を巡る取引があったことを鮮明に示している。

検事に「真実を明らかにすればそれだけ刑は軽くなる。」といわれました。検事と話していて裁判の仕組みと言うか、あり方というのかそんなものが少し分ってきました。私は今必死になって思い出して、話しています。細かい内容は書けませんが村木先生に会ったらノートをさげるのでそれを後で見てください。(平成12年10月30日母宛)

 

今の調べもだんだん思い出してちゃんと話も出来ています。検事も私を助けてくれるといってくれています。検事はお父さんお母さんに申し訳が立たないといって私を両親の元へ帰さなくちゃならないと言ってくれています。だから、私もきちんと話しています。(平成12年11月7日母宛)

 

私は昨日21日に前の事件で再再再逮捕されました。事件のことを前よりは思い出して話していますがいまいち完全に思い出したわけではないのですが、肝心なところは、思い出しているので、検事は大丈夫だと言っています。後は高野先生と私の争いになるからそれに負けないようにと言われています。
検事が私は社会に復帰できる、させると言ってくれています。私のやったことからすればやはり重い刑になるのかもしれませんが、長くなるかもしれませんが、外には出られるようです。それで少し安心しました。私は主犯ではないのでいくらかいいようです。それでも2・5件なのでそれなりに覚悟したほうがいいと思ったのですが検事との話では自分が思っているよりは、軽いのかと思います。(平成12年11月22日妹宛)

 

少なくとも、次のことは明らかだと思う。佐久間検事と武まゆみとの間で、風邪薬事件と渡辺荘事件の自白と引き換えに「死刑は求刑しない」という約束があったこと;そして、そのような「約束」は表沙汰にできない性質のものであり、公判廷ではなんとしてもその事実を隠蔽しなければならないと武は理解し、それを実行したこと。そして、このような武の行動の背後には、佐久間検事に対する「犯罪者と捜査検事」という間柄を超越した強い絆があったことも明らかである。

 

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