第1章 溺死

・「齋藤は最初から『死因不明』と言っていた」

 

齋藤教授は平成7年の解剖の時点では佐藤は溺死したと考えていたに違いない、とわれわれは考えている。解剖の直後に作られた警察の捜査報告書を素直に読めばそうとしか考えられないからである。判決はそうではないという。

***捜査報告書に上記の記載があることは事実であるが,齋藤作成の鑑定書及び同人の当公判廷における証言によれば,佐藤の遺体解剖の結果からは,溺死を排除する根拠は見当たらないものの,他方で,積極的に溺死であると判定する理由も全くなく,かつまた,解剖時点においてもそのような判断をしており,溺死と断定したことはないというのであるから,捜査報告書の記載は誤りであったというほかない。

つづけて、判決は、鑑定書は解剖から5年以上経って作られたものだが、助手に口述してワープロ打ちさせた解剖検査記録は「動かすことのできないもの」であり、「鑑定主文が恣意的に変更される余地などないと認められる」と言う。

しかし、解剖しながら口述した内容を記録したという「解剖検査記録」なるものは裁判に証拠として提出されなかった。裁判官もわれわれもその内容を知らないのである。見たこともないのに、どうしてその内容が鑑定書と同じだと言えるんだろうか。結局、判決は齋藤が「同じ」と証言するから同じなんだと言っているだけである。

問題の捜査報告書の記述について、判決は「誤りであったというほかない」と言い放ち、そしてこう言う。

 ***上記捜査報告書は結局,その時点での行田警察署の捜査の結論として,佐藤の死亡については犯罪性がないことを認めるに至った経緯を示したものであり,全体として読めば,被告人から得た佐藤が自殺した旨の情報も加味して佐藤が犯罪性のない死因である溺死により死亡したとする結論に至った旨を記載したものと理解することができる。

 

解剖をした大学の先生が「死因は判らない」と言っているのに、「友人」八木茂が「自殺と思う」と言ったから警察は溺死と判断したと言うのだ。これほど警察をばかにした話があるだろうか。捜査報告書の記述をもう1度読んでみよう。

 

***更に、身元不不明変死体については解剖をなしてその死因等を捜査したところ、溺死であることが判明した。

その後の捜査により、家出人の妻佐藤アナリエ、妻の勤務先の八木茂、家出人の元勤務先に対して聞き込み捜査をしたところ、身元不明変死体の特異な点――靴下を2足重ねばきをしていて足首付近をひもで結び靴下が脱げないようにしていること等が判明した。

その他、身元不明変死体を家出人佐藤修一との比較検討表のとおりであり[ママ]、家出人佐藤修一と変死体とが一致することが判明したことにより、右佐藤については家族宛に自殺をほのめかす自筆の手紙を郵送しており、変死体の外部所見等総合的に判断して、本件は借金及び体の不調を苦にした自殺と認められた。

 

死因を「溺死」と判断した根拠として挙げられているのは「解剖」だけである。アナリエや八木の話は、捜索願が出されている佐藤と変死体が同一人物であることの根拠の1つとして挙げられているにとどまる。この報告書のどこを読んでも、解剖の結果死因は「不明」であったなどとは書かれていない。解剖の結果「溺死であることが判明した」と書いてあるのである。解剖の結果死因は不明だが関係者の話を総合して「溺死」と判断したのなら、そのとおり書けば良い。そう書いたのでは困る理由はどこにもない。解剖に立ち会った警察官に齋藤は「溺死」と告げた。だから警察官はそう書いた。――そう考えることに不自然なところは何もない。

 

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