第1章 溺死

1 変死体

平成7年6月14日の夜、埼玉県行田市にある利根川の導水路設備(通称「利根大堰」)の取水口に異常が発生した。異常の原因はすぐにわかった。枯れ枝・ペットボトルなど大量のゴミの合間に頭をうつぶせにした人間の死体が浮かんでいた。

通報を受けた行田警察署は川から死体を引き上げ、翌6月15日、川島清医師の立会いで検視を行った。川島の意見は溺死であったが、行田警察は死因を確定するために、埼玉医科大学法医学教室に解剖を依頼した。

同法医学教室では、6月17日午前11時10分から午後1時10分までかけて、齋藤一之教授(当時の肩書は講師)の執刀で解剖が行われた。齋藤は、通常の手順どおり、摘出した臓器の一部を保存し解剖の結果を記録したが、正式な鑑定書は作成しなかった。行田警察も齋藤に鑑定書の作成を求めることはなかった。

死因の捜査と並行して、行田警察は、家出人捜索願を照会するなど、死体の身許調査をすすめた。6月5日付で佐藤修一の妻アナリエから本庄警察に家出人捜索願が出されており、その特徴が死体の特徴と一致していることから、死体は佐藤修一であると断定された。そして、解剖した齋藤からの回答に基づいて警察は「死因は溺死」と断定した。アナリエや八木茂、勤務先であるヤマト興産株式会社の同僚からの聞き込みによると、佐藤は前月下旬に会社を辞め、自殺をほのめかす手紙をアナリエ宛てに発送していた。さらに、佐藤はサラ金などから多額の借金をしており、解剖所見で早期胃ガンだったことも判った。行田警察は、佐藤の死は借金及び身体の不調を苦にした自殺であり、犯罪によるものではないと判断した(H7/6/27捜査報告書)。

それから丸4年が経過した。平成11年5月末、森田昭が死亡し川村富士美が本庄警察に保護された。本庄警察は行田警察の記録庫に眠っていた佐藤の記録を取り寄せて事件性の検討を始めた。本庄警察は、齋藤一之に対して4年前に解剖した佐藤修一の死因についてあらためて鑑定書の作成を依頼した。齋藤は、平成7年6月の解剖からこの鑑定書作成依頼までの間に、少なくとも200~300体の死体解剖を行っている(齋藤の証言)。齋藤が鑑定書を完成したのは、解剖から5年以上経過した平成12年9月5日である。その結論は、要するに、死体の腐敗がひどくて死因は判別できないというものであった。こうして5年前には「溺死」として処理された佐藤の死因の問題は振り出しに戻った。

本庄警察は、平成12年3月24日、偽装結婚の容疑で八木茂、武まゆみ、森田考子、アナリエ・サトウ・カワムラの4人を逮捕した。その後、警察は、齋藤が大学に保管していた佐藤の臓器や毛髪などを取り寄せたものの、警察には格別の方針もなかったようだ。6月ころまでに一部の臓器について薬毒物の有無についての一般的な鑑定を科捜研に依頼したにとどまっている。

そのころ、武まゆみは、佐藤は自殺したと供述していた。6月20日には、八木が佐藤に自殺の「演技」をする話を持ちかけ、自分が佐藤を坂東大橋付近まで連れて行き、佐藤は橋から利根川に飛び込んだのだという供述を始めた。

そして、6月30日、武は、佐藤が利根川に飛び込む前に彼に対して微量のトリカブトを毎日のように与えていたという話を始めた。本庄警察は、早速7月14日に、武を八ヶ岳に連れて行き、武の言うとおりトリカブトが自生していることを確認した。警察は、さらに同月17日、肝臓について、トリカブト毒の成分であるアコニチン系アルカロイドの検出のために、科捜研に鑑定を依頼した。続けて、翌18日には腎臓、28日には肺を、同じくアコニチン系アルカロイドの検出のため、科捜研に送っている。

他方で、本庄警察は、8月1日、溺死の可能性を検討するためにプランクトン検査を実施することにして、そのための試料調製を科捜研に依頼した。同月9日には、調製された試料を日本歯科大学歯学部生物学教室助教授南雲保に送付して、プランクトン検査を依頼した。

4月に提出された毛髪は8月11日になってようやくトリカブト検出のために科捜研に送られている。

8月半ば、一連の鑑定についての中間回答があいついで本庄警察に届いた。肝臓・腎臓・肺からトリカブト毒であるアコニチン系アルカロイドの加水分解物質ベンゾイルアコニン・ベンゾイルメサコニンがごく微量検出されたとの回答、そして、腎臓・肺から利根川に棲息するプランクトンが検出されたとの回答である。

佐藤の臓器から検出されたアコニチン系アルカロイドの量は1gあたり0.2ng(1ngは1gの10億分の1)という極微量であり、佐藤の全体重をかけても人の致死量と言われている量の百~数百分の一の量である。他方、肺とともに腎臓から利根川に棲息する珪藻類が検出されたというプランクトン検査の結果は、法医学者の一般的な見解を前提にすると、佐藤が溺死したことを確実に示すものである。これらの結果は、ごく微量のトリカブトを与えられつづけていた佐藤が、最後は利根川に身を投げて死んだという武の供述を裏付けているように見える。

埼玉県警は、平成12年8月末ころ、元東京都監察医務院院長上野正彦にこの件の相談を持ちかけた。9月27日、上野は、佐藤は「溺死ではない」と断言した。さらに、プランクトン検査結果は信憑性に乏しいとまで言い切った。

この上野の意見がその後の捜査に決定的な影響を与えた。それまで本庄警察は、武まゆみの「自殺」供述とそれを裏付けるプランクトン検査の結果にもとづき溺死の可能性も検討していたに違いない。しかし、この上野の意見が出てからは、プランクトン検査の結果を「資料汚染による」として一蹴し、「トリカブト殺人」の立件に向けて、全精力を傾けることになる。

 

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