第2章 トリカブト

2 毛髪鑑定

 

国立医薬品食品衛生研究所麻薬室長の中原雄二作成の鑑定書によると、佐藤の死体から採取したという頭毛から0.05ng/mgのメサコニチンが検出されたという(H12/10/24鑑定書)。

しかし、ここでも毛髪が佐藤のものと同一であるという保管の連鎖は証明されていない。平成12年4月12日に埼玉医大の齋藤教授から佐藤の頭毛が警察に任意提出されてから、中原に鑑定嘱託がなされた同年8月11日まで約4ヶ月もの期間があり、その間、警察が毛髪をどこに、どのような状態で保管していたのか全く明らかにされておらず、別の毛髪にすりかえられたり、作為が加えられた可能性を否定できない。われわれは、この4ヶ月間の保管状況に関する証拠調べを求めたが、さいたま地裁の裁判官は、われわれの要求を無視して、毛髪が佐藤の死体から摘出されたことに疑いはないなどと言うのである。

そして、毛髪鑑定の内容についても、次のような問題がある。

中原は、毛髪の鑑定を行う前に、トリカブトの成分を投与したラットの毛からトリカブトの成分を検出できるかどうかという動物実験を行っていた。中原が動物実験を行った理由は、それまでトリカブト成分が毛髪から検出できるかどうかを鑑定した経験がなかったからだという。そしてラットの毛を切り刻んだその同じハサミで鑑定資料の毛髪を切り刻んでいた。中原はラットの実験の後にハサミを洗浄したと言うが(第63回証言調書)、洗浄したかどうかは鑑定の経過として鑑定書に明記すべきであるのに、全く記載がない。

警察は平成12年7月14日に美濃戸でトリカブトを採取してきたが、中原に鑑定を嘱託するまでの間、トリカブトと毛髪を科捜研の同じ冷蔵庫に保管していたことも大いに考えられる。保管中にトリカブトの成分が毛髪に付着し汚染された可能性だってありうる話だ。――この保管状況も結局分からないままである。

また、毛髪鑑定で行われたガスクロマトグラフ分析についても、臓器鑑定と同様に、標準試料の残存による汚染の問題がある。中原も、標準試料の分析と鑑定資料の分析との間にブランクを注入し、標準試料の残存による汚染がないことを確認した上で鑑定資料を分析したとは証言したが(第63回証言調書)、そのブランクについてのデータが鑑定書には添付されておらず、その後も提出されていない。本当に汚染がなかったかどうかの確認のしようがないのである。

しかし、さいたま地裁判決は、中原証人が「毛髪鑑定の専門家」であるとの理由で、これら汚染の問題を不問に付してしまった。

さらに、検出された数値についても大きな問題があった。分析方法がいかに高性能のガスクロマトグラフィーとはいえ、無限に物質を検出できるわけではない。中原によれば、国際的には0.1ng/mgが検出限界だという。ところが、彼は、毛髪鑑定の結果は検出限界に満たない定量不能の数値であり、正確には0.01~0.09ng/mgの範囲をもった信頼度が低い数値であるが、自身の判断で、例外的にメサコニチンが0.05ng/mg検出されたものとしてよいと言うのだ(第63回証言調書)。これが科学的な態度だろうか。

だが、判決はこれについても、次のように述べて中原を擁護した。

中原証言によれば,一般的には,毛髪1ミリグラム当たり0.1ナノグラム以上の薬物の存在が認められたときに陽性とするとの申合わせがあるものの,例外として,非常に特殊な物質で,そのデータから見て,それ以下でも存在の判定ができるだけの十分な科学的根拠があって,しかも,その結果が,非常に重要なものであれば,例外として,その存在を指摘するかどうかは研究者の判断に任されていると認められるところ,メサコニチンは分子量が際だって大きい等の特質を有していてまさにその特殊例外的な物資に該当するというのであるから,弁護人の非難は当たらない。

しかし、判決が言う、検出限界未満の数値を認める例外的な判断をしてよい条件は、中原が法廷で証言しただけであって、それが正しいとする国内外の論文などの根拠は何も示されていない。結局、判決は中原が正しいと言っているから正しいと言うにすぎないのである。

 

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