第2章 トリカブト

 

佐藤修一の臓器や毛髪から微量のトリカブト毒が検出されたという鑑定結果がある。前章でも触れたように、この鑑定結果は佐藤が利根川で溺死したことと矛盾しない。しかし、この鑑定がはらむ問題はそればかりではない。鑑定の大前提として、それが果たして佐藤修一の臓器や毛髪なのかという問題があるのだ。そればかりではない。この裁判で提出されたトリカブトをめぐる鑑定書の中には「トリカブト殺人」と矛盾する鑑定すらあるのである。

 

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1 臓器の鑑定

 

まず読者に鑑定の内容を理解してもらうために、トリカブト毒の成分とその成分を特定するための鑑定方法について簡単に説明しておきたい。

トリカブトは古今東西、心臓、神経系の猛毒植物として有名であるが、他方、「烏頭」、「附子」とも呼ばれ、鎮痛、強壮、新陳代謝亢進等の効果のある漢方薬でもあった。トリカブト毒の成分はアコニチン、メサコニチン、ジェサコニチンなどのアコニチン系アルカロイドである。ジェサコニチンはアコニチンやメサコニチンの2倍の毒性を持つと言われ、主に北海道や東北地方など寒冷地に自生するトリカブトに特有の成分である。これらのアコニチン系アルカロイドは水と反応することにより分解(加水分解)し、アコニチンはベンゾイルアコニンに、メサコニチンはベンゾイルメサコニンとなり、さらに加水分解が進むと、それぞれアコニン、メサコニンという物質になる。アコニチン系アルカロイドは加水分解が進むにしたがって毒性は弱まっていく。

 

ペーパークロマトグラフィ

図2-1

 次に物質の成分を特定する鑑定方法であるが、これは試料を分析装置にかければたちどころにその成分が何であるかが分かるという単純なものではない。ある物質の成分を調べる分析方法としては、一般にクロマトグラフィーという検査方法がとられている。中学生の頃、理科の実験でペーパークロマトグラフィーを行ったことを覚えている読者も多いと思う。ペーパークロマトグラフィーでは、細長い濾紙(固定相)の端にインクを垂らし、その端を水に浸して吊すと、時間の経過により水(移動相)が濾紙を浸透していきながらインクの成分が次第に分離されていった(図2-1)。

このように物質は成分ごとに、試料を注入してから分離するまでの固有の時間(保持時間)を持っている。クロマトグラフィーは物質のこのような性質を利用して、予めその成分が判明している対照試料(標準試料)の保持時間と、どのような成分であるかを知りたい試料(鑑定資料)の保持時間とを比較して一致するかどうかを見て、同一の物質であるかどうかを判定する。つまり、予め成分がはっきりしている標準試料の分析結果と成分を知りたい鑑定資料の分析結果を一つ一つ対比していくという極めて地道な分析方法なのである。

カラム内での分離syuusei

図2-2

 もちろん鑑定で行われた分析方法はガスクロマトグラフィーあるいは高速液体クロマトグラフィーと言われるもので、濾紙の代わりにカラムという極細の管(固定相)を用い、溶媒(移動相)には水ではなくヘリウムガスやギ酸アンモニウム、アセトニトリルなどが用いられている。そして試料が溶媒とともにカラムの中を流れていくうちに成分が分離していき(図2-2)、カラムの出口でどの時間にどのようなピークを示す物質が出てきたかをチェックし、標準試料のピークの保持時間と鑑定資料のピークの保持時間を比較し同一性を判断する。

 では、一連の鑑定について見ていくことにしよう。

 まず臓器鑑定についてであるが、佐藤修一の死体から採取したとされる臓器からは極微量のアコニチン系アルカロイドの加水分解物質が検出されたという表2 検出量はいずれも組織1gあたりの量である。ng[ナノグラム]は10億分の1g)。

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